カラクリピエロ

#05「補助」


「待たせて悪かったな」
「ううん、いいよ。なんか名前すごかったし」
「おもしろかったぞぉ!」


…オレ、ガスパーが笑ったの見んの初めてかもしれねぇ。
なんだか無性に嬉しくて無言で撫でくりまわす。
シラバスはそれに気づいたようで、一緒になって嬉しそうに笑った。


「――さて、放置して悪いな」
「……なんか俺への対応酷くない?」
「バーカ、付き合いの長さから算出される気安さの差だって」


あとクーンの扱いやすさ。
これは言わないように気をつけて、機嫌が上昇したらしい(よくわかんねぇけど助かった)クーンとシラバス、ガスパーを互いに紹介した。


「さっき話した感じ、ギルドマスターは至って本気のようだから2人も安心できると思う。シラバスと言ってること被ってたし、このギルマスなら気楽にやれるんじゃねぇかな」
名前も入るのかぁ?」


小首をかしげて見上げてくるガスパーの攻撃に固まったところで、横から伸びてきたクーンの腕に肩をがっちりつかまれる。
ぶっちゃけオレ自身の目的は果たしたからあとはクーンにお任せ!って気分だったんだけど……


「……ったく。しゃーねぇ、メンバーが集まるまでオレも付き合ってやるよ」


嬉しそうにこっちを見てくるクーンから顔を逸らし、腕を振り払いながら腰に手を当てて立ち上がった。
目の前には上り階段、さらにその先にあるのは全ての始まり、マク・アヌのカオスゲートだ。

オレだって初心者のころはそれなりに不安だったし、実際PKと対峙する恐怖――今ではあんまりねぇけど――を味わったことだってある。
そんとき助けてくれたのが自分より小さい少年PCでびっくりしたっけな。
無害そうな笑顔で大鎌を振り回す光景はちょっとした恐怖だったぜ。


「クーンに任せといたらお前のファンしか集まんなそうだし、シラバスとガスパーとの縁もある。せっかくよくなりそうなギルドを見捨てんのも後味悪い」
名前!」
「その代わり! オレはギルドに入るわけじゃない、あくまでサポートだからな」
「わかってるって、サンキュー! 持つべきものは友達だな!」
「だー! くっつくんじゃねぇよ! ウゼェって言ってんだろ!!!!」


あれだけやられたのに懲りてないクーンをまた引き剥がす。
ひと段落ついたところで、今日は落ちるね、とシラバスが去った。


名前…、今日はありがとだぞぉ」
「オレはなんもしてねぇって。…ちょっとは楽しくなりそうか?」


返事をする代わりに、ガスパーは本当に嬉しそうに笑った。
オレも笑い返しながら頭を撫でる。子ども扱いしすぎかと思わないでもなかったけど、嫌がってはいないみたいだからそれに甘えさせてもらうことにした。
獣人って大きさといい、ビジュアルといい、撫でたくなるんだよなぁ…


「ほい、これ忘れねーうちに渡しとくな。夕方なら確実に居るからさ、気軽に呼べよ」


シラバスには渡し忘れたなぁ、とぼやきながらメンバーアドレスを交換する。


「明日は……」
「ん? おお、居ると思う。ガスパーのが早かったらオレから呼ぶかもしんねぇけど、拒否すんなよー?」
「お、おいらだって負けないからなぁ!」


なんの勝負になってるのかわかんなくなってたけど、負けず嫌いが顔を出して口が勝手に「負けたらアジアンマンゴー10個な」と言っていた。
本気で焦ってるガスパーにはちと悪いことしたかもしんねぇけど、一緒にエリアで稼げばいいんだから――てかオレが負ける場合もあるじゃねぇか。
……ま、そんときゃそんときだな!

ログアウトする相手に手を振って見送る。
やたらと静かにしてるクーンを振り返ると、油断していたのか思いのほか真剣な顔をしていた。
いつもそうやってりゃ真面目そうに見えんのによ。

目が合うと途端にへにゃりと崩れる表情につられて笑ってしまった。
オレの背中をバシバシ叩きながら、クーンは再び噴水の端に座って自身の両手を組み合わせた。


「ありがとな。正直さ、数日はここで待ちの勝負かなーと思ってたんだ。初心者相手のPKが流行ってるし、警戒されるに決まってる」


ぽつぽつと語り始めるクーンの話に耳を傾けながら、オレも隣に腰掛けた。
絶対あのBBSの誘い文句が怪しさに拍車をかけてると思う。恥ずかしくても書き換えりゃいいのに。


「でもなんとなく自分で何かしたくなってな。どれだけ時間かかってもいいって思ってたんだ…もちろん、まだまだ増やす気でいるよ?」
「そりゃギルドメンバー3人てのは寂しすぎるもんな」
名前……俺さ、この前『ケストレル』抜けたんだよ」
「ふーん」


大体のプレイヤーはギルドを一つに絞るけれど、基本的に掛け持ちは禁止されていない。
入団条件さえ満たせば自分の気に入ったギルドに所属するのが普通だ。
まぁオレはどこにも入ってないんだけどな。
これでも引く手数多ってやつなんだけど、それだけに絞れないってのが理由。


「……名前は聞かないんだな」
「うん? 何を?」
「なんで辞めたか、とかさ」
「だって興味ねーもん。クーンのこと知るよりもこの前見かけた眼鏡美人のPCについて知りたいね。薄紅色のツインテール、キリっとした表情にボン、キュ、ボンのナイスバディ。あれだけ軽装にメイキングしてるってことは術士系じゃねぇんだろうなぁ」


赤系で統一された色彩、知的でお硬そうな雰囲気とは真逆の大胆なデザイン。
あれは見るだろ。つか勝手に目が行く。
あー、また会いてぇなぁ…会えたら運命だな、今度こそ声かけるぜ。


「なーんか名前見てると、俺の悩みなんてどうでもよくなってくるわ」
「……まるでオレが能天気とでも言いたげだな?」
「そんなことないって――今日はこれから?」
「…おう、そうだな。久々にΔ来たし、月の樹辺り行ってくる」


クーンはオレが薫を捜してることを知っている。
今は辞めたらしいけど、情報収集目的で接触した『ケストレル』で一番協力的だったのがクーンだった。
意外にも唯一の手がかり“ミア”についても知っていたらしく、持っている情報を教えてくれた。

“ミア”は前のバージョンで見かけたことのあるPCってことと、“エルク”ってPCと仲が良かったこと。
もしかしたらその“エルク”は薫が使ってたPCなのかもしれないけど、今のバージョンとの繋がりは皆無に等しい。
手がかりだと思っていた情報は糸口にすらならず、オレの捜索はある意味打ち止めを喰らっている状態だった。

それでも諦めるなんてことはしないし、R:2にも“ミア”って名前のPC(もしくは近いもの)が居るかもしれない。
とりあえず薫を見つけたら一発殴ることは決定してる。
ほんとは生身がいいんだけど、それはこっちの世界からあいつを還してからだな。


「クーンも明日居るんだろ? ギルマスが不在ばっかってのも締まんねぇもんな」
名前も協力してくれるんだよな」
「それ以前にガスパーと勝負してるからどっちにしろ顔出すって」
「んじゃこれ持っててくれ。あいつらに渡すの忘れてた」


手渡されたのはギルドのゲストキー。
…正式メンバーじゃないオレが一番に貰うもんじゃねぇだろ。


「ま、いいか……あんまり待たせんなよ?」
「なんか…今のデートの約束っぽくていいなぁ」
「…………同意できねぇよ!!」


そりゃ可愛い女の子に言ってもらえるなら響くものがあんのかもしんねぇけど、クーン相手じゃ絶対ぇ無理。
一気に萎えたっつーの。
あはは、と楽しそうに笑う相手におざなりに別れの挨拶をして(どうせヤツはこれからバイトだろう)、次の目的地を目指すことにした。

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