#03「切欠」
“The World”を始めたきっかけは親戚――従兄弟だ。
今ではネット廃人になっちまってる駄目な大人だけど……オレに“R:2”を教えてくれたときはもうちっとはマシだったんだ。
前のバージョンのことは知らねーけど、薫(従兄弟)のネトゲ暦も相当長ぇよなぁ。
『名前も受験終わったら一緒にやろう……?』
記憶にある薫は、そう言いながら“R:2”発売までのカウントダウンが書かれたチラシ見せてくれたのが印象的だ。
そんじょそこらのアイドルなんか目じゃねぇくらい綺麗な顔してるくせに、もったいないほど――男に綺麗ってのも変かもしれないし、身内の欲目ってのも数割入ってるかもしれないが――滅多に笑わないあの薫が。
そのときばかりは自然に笑みを浮かべたからだ。
よっぽど嬉しかったんだろう。懐かしい、と呟いて少しだけ昔話をしてくれた。
だからさ、オレも期待してたわけだ。
受験だって頑張って有名進学校に入ったし、文句を言われないように一学期の試験では結果もだした。
なのに、“一緒に”と誘ってくれたアイツは発売開始のその日から(受験真っ只中のクリスマス・イヴだったから無駄にハッキリ覚えてる)“世界”に入り浸りらしく、メールの返事すら返さねぇありさまだ。
メールは返事をよこさねぇ、携帯にもでねぇ、義伯母さんに聞いても「部屋からでてこない」としか返って来ないのには呆れた。
さすがにこりゃやべーだろと思って――キレたって言うのかもしれない――神奈川まで乗り込んだんだ……いざって時の行動力は侮れないもんだ。
実際突撃をかましたものの、薫はオレの訪問にも至って無関心だった。
玄関口で義伯母さんがホッとしたような顔を見せてくれたのに(僅かな希望を託された気がしたんだ)、それに応えることができそうにない雰囲気に思わず眉を寄せた。
「かおる……」
自分でも意外なくらいヘタレた声だった。
部屋に設置してあるPCの前から動かず、オレの呼びかけにも反応しない。
M2Dを装着したまま動かない薫は完璧に“世界”に入り込んでいて、むしろリアルであるはずのこっちが薫にとっての異空間なんじゃないかと……そんな錯覚に陥る。
「薫、」
さっきより強く呼んで、ついでに肩に手を置いた。
ピクリと反応した薫は煩わしそうにオレの手を払いのけ、またゲームに没頭する。ぽつりと聞こえた単語は、数年前にも何度か聞いたもののような気がした。
前のバージョンに夢中だったときも、こんな風になっていただろうか。
そのとき自分はまだ小学生で、記憶がおぼろげ過ぎて思い出せない。
せめて返事くらいしろ、と半ば怒り任せに再び呼ぶと、薫はフラリと立ち上がってオレの腕を掴んだ。
ようやく返ってきた反応にホッとしたのも束の間。
「…………ぅ、るさい」
「え?」
「入ってくるな……」
絶句した。
だって今までオレは、薫からそんな風に拒絶されたことなんて……一度も、なかったんだ……
結局M2Dを外すこともしないまま、オレのことを引きずるようにして部屋から追い出しにかかった。
引きずられながら、結構腕力あんじゃねぇかとどうでもいいことを考えた。
「名前くん……」
「義伯母さんごめん。ダメだった」
「…ううん。いいのよ、ありがとう」
半ば諦めたように淡く微笑む義伯母さんは綺麗だ。薫は義伯母さんの血を濃く…って、んなこたどーでもいい。
義伯母さんと会話することで立ち直りつつあったオレは、無性に腹が立ってきた。
“世界”がどれほどのもんか知らねーけど、リアルに帰ってこないのはいただけない。
こっちで話すら聞かないってんなら、オレが同じ舞台に行くだけだ。
どちらにしろ誘われたときから興味があったんだから。
薫との出来事は切欠にしか過ぎなかったんだと思う。
あれから数ヶ月経つけど、結局今でもオレは薫を“The World”から引き離せてないし、逆にオレがのめり込んでる始末。……まぁ、薫の行方を付きとめられてないってのも理由の一つなんだけど。
勢いのまま飛び込んだはいいけど、実は薫のPCネームを知らないことに気づいたのはキャラメイクが終わってマク・アヌに放り出された後だった……自分のマヌケ具合に呆れたね。
再度メールや携帯を使って聞き出そうとしたものの、案の定音沙汰無し。
二度目の突撃は部屋の前で門前払い(鍵かけてやがった)で無駄足。義伯母さんにも聞いてみたけど情報は得られず、だ。
でも必ず会って、無理やりにでも話をするって決めてんだ!
そんなわけで、オレの“The World”での活動はもっぱら従兄である薫のPCを探すこと。
とはいえ、“The World”は広いし、人も多い。リアルでの情報収集も続けてるけど今のところ目ぼしい情報は得られていないままだ。
唯一の手がかりは、薫がうわ言のように呟いた『ミア』って単語だけ。
最近は人付き合いを広げてみようと思いながらウロウロすることが多くなった。
色んなPCと話すのも、新しい情報を得ることも楽しんでるオレとしては、一石二鳥ってやつ?
気になることには何にでも首を突っこもうとする厄介な性質も育ってるのには自分でも呆れるけど。
右のスピーカーは未だに獣人PCの涙声と、青年PCの慰める声を拾い続けている。
オレはゆっくり2人に近づくと、青年PCの肩を軽く叩いてから獣人PCの身長に合わせてしゃがみ込んだ。
.hack//G.U.
2294文字 / 2008.10.08up
edit_square