フレンズトーク
前編
「…ちょっと聞きたいんだけどさ…」
ぼんやりと一点を見つめたまま言うナマエを一瞬だけチラ見して、俺は自分に用意された飲み物を口にした。
俺の横にはサキが座っていて「とってもおいしいです」と幸せそうに声をあげ、その向かいに座っていたティリアに同意を求めている。
この場にいる全員に無視された形になってしまったが、ナマエはボーっとしたまま、誰に言うでもなく続きを口にした。
「――男に触りたいって思うのはどんなとき?」
ぶーーーっ!!
「……アオト、さすがに汚いわ」
「だ、だいじょうぶですか、アオトさん!?」
顔をしかめるティリアと、お茶が器官に入り込んで咳き込む俺の背をさするサキ。
向かいではナマエが煩わしそうな仕草で前髪についた水滴を払い、ティリアが横から差し出した布巾で顔を拭っていた。
「……アオト…君ねぇ…いくら温厚なぼくでも怒るよ?」
冷ややかに言い放つナマエは当然俺を怒る権利がある。
誰だって顔に思いっきり茶を吹きかけられりゃ当然だ。
…でもその前にこちらの弁解もさせてほしい。俺に生じた動揺をな!
どういう意図での質問だ。
俺にか、それともこっちの二人にか、そこがまず重要だ。
「…はぁ?アオトに聞いてどうするの。興味ないし聞きたくないよ。当然ながら女の子の意見を伺ってるんです、ぼくは」
――なんかやけに嫌味ったらしい言い方すんな…
妙にピリピリしているというか……そう、不機嫌だ。
訝しげな俺に気づいたのか、サキが「ナマエさんは禁・フィルちゃん中なんです」と教えてくれた。
なんだそりゃ。
そのまま直球でナマエに聞いたが、本人はふいと横――先ほどまで見つめていた方向――を見て無視を決め込み、俺の質問に答えたのはティリアだった。
「アオト、知らないの?2日前、ナマエは夜中にフィンネルの寝込みを襲ってココナから3日間フィンネル禁止令を出されたわ。話しかけない、触らない、これが条件」
「………………誤報が混じってるけど…いいよ、それで…」
はぁ、と大分重く溜息をつくナマエはティリアの説明に一言添えて、また視線を戻す。
ふーん、昨日今日とやたら静かだと思ってたけど…そういう理由か。
ナマエの視線の先を追ってみる。
フィンネル、ココナ、先生がいた…まあ当然見てんのはフィンネルか。
「まったくココナの鉄壁ガードっぷりといったら惚れ惚れするくらいだね。さすがは元騎士隊員」
フフフ、と全然楽しくなさそうな笑い声を洩らしながらよくわからない事――俺たちが知らないココナの過去だと思う――を溢す。
もしや視線の先はフィンネル時々ココナ、が正しいんだろうか。
「…なるほど、それがあるからナマエは私たちにさっきの質問をした。そうね?」
「…うん。だから教えてくれるかな、できれば細かく」
コト、と音を立ててカップを置いたティリアの動作と雰囲気に、ナマエはようやく姿勢を正して座りなおした。
――今回は関係ねぇらしいし、俺は黙ってたほうがよさそうだ。
「……あの、ごめんなさい、サキにはよく……どういうことですか?」
「…そうね。ナマエはフィンネルに触りたい、話したい。けれど自分からは行動に移せない。でもココナの出した条件はフィンネルの行動を制限していない。……ココナはこの部分でナマエを甘やかしていると思うけど」
「いいんだよそれで。充分すぎるじゃないか」
思わずといった調子で口を挟んだナマエを見もせず、ティリアは一口お茶を飲んで続けた。
「つまりフィンネルがナマエに――女の子が男の子に接触したいと思うきっかけを私たちに聞きたいということ」
なるほど。
俺とサキが同時に声を上げる。
「ナマエさんはフィルちゃんがとっても好きなんですね」
……サキは無邪気だな。
フィンネルからの接触を謀ろうとしてるのは結構、狡猾…いや、いいや。なんか、わかるし。
ナマエは道中常に(それこそ歩きでもこういった座席でも)フィンネルの横を確保しているし何かとちょっかい混じりに話しかけてるし、時には頭を撫でるわくっつくわ――これは俺が観察しているわけじゃなくて、何故か視界に入ってくるからだ。ナマエ曰く“牽制”らしいので、きっとわざとに違いない。
「ねぇティリア……なんで“触りたい”が先に……や、今の聞き流して、ごめん」
「ナマエがそういう聞き方をしたから」
「流してって言ったじゃないか!ティリア酷い!」
そうやってぼくの傷を抉る!
演技がかって顔を覆うナマエは放置して隣を盗み見た。俺も興味あるし、便乗して聞かせてもらいたい。
「…………。えっ、サキからですか!?」
俺の視線とナマエの視線が集まったのか、きょろきょろして(何故か)俺からわずかに身を離したサキは、両手の指を無意味に絡ませる。俯いて少しの間「えぇと…」と言いよどみ、意を決したように顔を上げた。
「い、いえません!」
「えぇ!?ちょ、期待したのに…お願いサキ、そこをなんとか!」
うんうん、と思わず頷いてしまう俺をちらちら恥ずかしそうに見上げてくる様子は可愛い。可愛いけどやっぱり答えは聞きたいから助けない、悪いな。
「う…、や、やっぱり言えません!」
「そんなに恥ずかしいの……?でもぼくも色々と…なりふりかまってられないんだよね…アオト」
…。
当たり前のように俺に振るナマエを呆れたように見るが本人は笑顔。
ピリピリした空気は相変わらずなのがかえって不気味だ。
サキを見る。
丁度サキも俺を見ていたようで、目があった……一瞬だけ。
「……アオトさん、サキのこと嫌いになったりしませんか?」
「それはない」
「ぜ、絶対ですか?」
「?ああ、絶対だ」
そこまで念押しされると何言われるのか緊張するんだが。
「…………、です」
「ん?」
隣に座っているのに聞こえなかった。
顔を真っ赤にして俯いて、太ももを覆うスモックをぎゅう、と握っているサキには申し訳ないが…
「サキ、悪いもう一回言ってくれ」
「…………い、いつでも…、です」
今度の声もすごく小さかったけれど、サキに近づいてたし、集中していたからしっかり聞こえた。
何て?とまたナマエが視線で問いかけてくる。
でも悪い、今は、ちょっと、無理だ。ここが外じゃなかったら、二人きりだったら、きっと抱き締めてる。
◆◆◆
「…あてられたわね、ナマエ」
「え?どういうこと?ティリアには聞こえたの?」
「教えない」
「…………ティリア、ぼくには厳しくない?」
「気のせいよ」
唇にゆるやかな弧を描いて、塔の管理者様はきっぱり言い切ってくださった。
サキとアオトはさっきからお互い真っ赤になって俯いてるし――なに、ぼくへのあてつけ?ああそういえばティリアもあてられたとか言ってたっけ。ったくもうただでさえイライラしてるっていうのに傍迷惑極まりないね。っていうかぼくだってフィンネルのこと照れさせてそれを愛でつつ「もう!」とかいつもの調子で叱られたりしたいよ。
「ナマエ、声に出てるわ」
「え、そうだった、ごめん」
「…あなた全然悪いと思ってないでしょ。だいたい、あなたたち二人…いえ、ナマエに関しては今の状態が丁度いいわ。周りのために」
「…つまり、バカップル少しは自重しろ!…ってこと?」
「ええ」
うわ、また言い切った。
…でもなぜだろう。サキ以外は同じこと言いそうな気がする。
しょうがないよ、だってフィンネルが可愛いすぎるから……
側にいないと不安になる。すぐにぼくから離れていくんじゃないかって…フィンネルはぼくのこと――
「……それより、ティリアは?」
沈みかけた気分を強引に払って目の前のバカップルを一瞥した。
――アオトとサキは勝手にやっててくれていいよ。
そんな気持ちで、今度はティリアに矛先を向けてみた。
ティリアは何かを探るような目でぼくを見たあと、小さく息を吐いて「ないわ」とこぼした。
「触りたいとき、と言われても私には思いつかない」
「…何も?」
「ええ。…私の身近にいた男性といえばクロガネと将門だけど――あなたたちに当てはめて考えるとすれば、私にとってはたぶん、クロガネね――彼に自分から触りたいと思ったことはない。側にいて、私を気にかけてくれて、話をしてくれるだけでよかったから」
…ティリアにとってのその人は、本当にぼくにとってのフィンネルと同じなのかな。
側にいるだけでいいだなんて…ぼくにはわからない。少なくとも、今のぼくには。
「欲がないなぁティリアは…ぼくがその辺レクチャーしようか」
「結構よ。そうやって余計な気を回して……ああ、いいかもしれない」
暗い気分を払うための軽口だったのに、ティリアは妙に乗り気だ。
どういうこと?
「協力してあげてもいい。ただし、あげぱん10個と交換」
「それくらいならお安い御用だけど……さっき自重しろって言ったくせに」
「……はぁ。ナマエ、あなたは気づいていないようだから言うけど、今日…正確には2時間ほど前からね。あなたの殺気が鬱陶しい」
「…………ごめんなさい」
言われて、急いで深呼吸。
ぼくはフィンネルのこと好きになってから調子が狂いっぱなしだよ……なのに、フィンネルは普段と全然変わらないのが、少し不満。
「ナマエ、いつまでもフィンネルばかり見てないでこっち。作戦会議よ」
「なにするの?」
「あなたと私で恋人ごっこ」
「…………は?」
ティリア、その笑顔、なんか怖いよ……
中編
「…あの、さ…ティリア」
「……意外。ナマエは押しに弱いのね」
「そんな新発見どうでもいいから少し離れて…」
はい、あーん。
そう言いながらナマエにアイスクリームの乗ったスプーンを向ける。
目の前の男の子は「うぅ」とか「ああ」とか苦悶の声を漏らしながら少しずつ後退していた。
でも逃がさない。それでは意味がないの。
往生際が悪いナマエの腕を掴む。
掴んだとは言っても、見るからに(自分で言うのも変だけど)華奢で力のない私の手なんてあっという間に振り払えるに違いないのに、彼はそれをしない。
それどころか私から視線をそらし、赤くなって硬直した。
なんだかおもしろい。
私(たち)が普段見ているナマエはフィンネルにべったりで、彼女を困らせるというか照れさせるのを最近の日課にしている節がある。
つまり彼女の反応で遊んでいるのに。
「…たまには自分がその立場に立ってみるべきだわ」
「え?なに?」
「可愛いって言ったの」
「嘘でしょ!?っていうか嬉しくないよそれ!!」
わめくナマエを無視してアイスクリームに焦点を合わせる。
――まったく、いつまでも食べないから溶けかけてるじゃない。
スプーン上で液状化しかけるそれをもったいなく感じて結局自分で食べてしまった。
あからさまにホッとするナマエは少し失礼だと思う。
意趣返しに距離をさらに詰めてくっついてやった。
案の定、ぐっと押し黙った彼はおもしろいけれど、これではいつまで経っても目的が達成できない。
私は溜息混じりにナマエを見上げ、人差し指を突きつけた。
「ナマエ、あなたが言い出したのよ。フィンネルと話したいって。いいから開き直ってもっと自然に接して」
「そ、んなこと言われてもさぁ……」
「そんなもこんなもないの。私があなたとベタベタしていれば気になったフィンネルが来るでしょう。それであなたの願いは叶う、なにが不満?」
「だって……そりゃフィンネルが来てくれたらいいなって思うし、ティリアみたいな可愛い子にくっつかれるのは嬉しいさ。けどそれは、ティリアを利用するってことじゃないか」
…だからそうしろって言ってるのよ。
禁断症状からくる八つ当たりが鬱陶しいから(被害者は主にアオトだけど)、手を組まないか程度の取引だわ。報酬にあげぱんかかってるし。
「あなたは気にしすぎよ。私から言い出したことなんだからいいじゃない」
「……ぼくが、嫌だ」
「ナマエ……」
よくわからない。
さっきサキに向かって“なりふり構っていられない”と言ったくせに、こういうのは構うの?
「それに、フィンネルにもヤな思いさせるかもでしょ?」
――ああ、そういうことね。それなら納得。
確かに、やりすぎてフィンネルが傷ついたら私も困るわ。
「自信があるのね」
「まさか。全然ないよ」
意外…と喉元まで出かかった言葉は直前で止まった。
クロガネのことを話す直前に見た彼の表情を思い出したから。
感情の波が見られない暗い瞳。あっという間に消えてしまったけれど、それを思い出した。
今ナマエが笑いながら口にしている言葉は本心だろうけれど、同時にフィンネルにさせたくない“嫌な思い”――言い換えれば嫉妬――をして欲しいという矛盾を含んでいる。
…私の勝手な想像だけど。当たっているんじゃないかしら。
「ティリア?どうしたの、難しい顔して」
「…ちょっとね。お茶を淹れて来るわ、ナマエもどう?」
様子を伺ってきたナマエに笑顔で返し、彼が頷くのを確認して席を立った。
◆◆◆
――あなたと私で恋人ごっこ。
さらりと言ったティリアの言葉を脳内に浸透させるのにまず時間を要した。
その隙にティリアはぼくとの距離を縮めてすぐ隣に座ったのだ。
もう、なんていうか……不意打ちすぎる。
ティリアは細身で小柄、見た目こそぼくより幼い雰囲気だけど口を開けば(時々容赦のない)立派な女性だ。
それにやっぱりその…うまく言えないけど、女性特有の空気を持ってる。
アオトや先生が隣に来るのとは天と地くらい違う。
ティリアが言った通り、ぼくは押されるのには滅法弱い。
いや、正確には不意打ちに弱い。
そりゃぼくだってこっちに来る前は色々と鍛えられてきたつもりだ。
主にぼくの主(あるじ)である澪の御子、その人から徹底的に女性への扱いを厳しく叩き込まれ、フェミニスト具合では同期の親友に負けない自信がある。
――ちなみにそれをココナに言ったら呆れられたけど。
騎士になる前だってあちこち仕事のために……まぁその色々と。
つまりだ、主導権さえ握ることができれば(フィンネルに対するときのように)余裕をもって接することができるはずだ。たぶん。
そんなわけでティリアとの攻防と相成ったわけだけど、対アイスクリーム戦においてなんとか説得できたと思う。
「はい、あーん」
…なのに、どうしてまたこんなことになっているのか。
お茶を淹れて来るからと席を立ったティリアに自分の分もお願いして、戻ってきた彼女はケーキを手にしていた。
サキの好きな…なんて言ったっけこれ。チョコレートケーキ。
さっきアイスクリームを食べたばかりなのに、女の子は甘いものが別腹って本当なんだね。
そんな感じでのほほんと見守っていたらティリアはぼくの隣に座り、それを丁寧に一口大に切り分けて、ぼくの目の前に差し出した。
先の台詞と共に。
「…………いや、えーと…?」
「あーん、してナマエ」
う…、笑顔でそんな風に言われたらドキっとする…って違う!
「ティリア、ぼくそれはやらないって」
「ええ、わかってるわ。だからこれは私が好きでしてること」
硬直するぼくに、ティリアは待ったも容赦もない。
フォークに乗せられたまま微動だにしないデザート。甘い香り。
「そんなに嫌?食べられない?気に入らないの?」
拗ねるような口調に混ぜ込まれた消沈の色。これは全面的にぼくが悪いようにしか聞こえないだろう。
傍から見たら可愛い女の子を全力拒否する優男だ。
でもぼくからは楽しそうに笑ってるティリアの顔が見えるわけで……
「これを食べてくれたらやめてあげるわ」
小さな、聞き逃しそうな声でティリアが言う。
驚いてまじまじと見つめると、ティリアは何かを試すような目でぼくを見ていた。
後編
ナマエは私をじっと見て何度か瞬きを繰り返すと、今度はフォークに乗ったケーキと私を見比べ始めた。
落ち着きとは程遠いその動作はなんとなく可愛いと思う。
食べる?食べない?
声には出さずに言うと、ナマエは困りきったように眉尻を下げて言葉に詰まっていた。
そんなに悩む必要なんてないでしょう?
「…いただきます」
少しの無言の後。困った表情のまま、ナマエは私からフォークを取り上げてケーキを口に入れた。
「これで勘弁してくれる?」
「……」
「ティリア?」
「…おいしかった?」
「すごく」
私の手から食べていたら『意思が弱いのね』ってからかうつもりだったし、断ったとしてもナマエで遊ぶつもりだったのに。この行動は予想外。
あっさり返してくる笑顔が堂に入っててなんだかムカつくわ。
「なんか怒ってない?」
「…あなたのフェミニストっぷりにある意味感心していたのよ」
自覚があるのかナマエは肩を竦めながら苦笑を寄越した。
「その辺は上司に叩き込まれたから…それより、ごっこは終了でもいいかな」
「そうね。彼女も限界みたいだし、ここは譲るわ」
ナマエに向かって軽く笑うと、本人はきょとんとして私を見返してきた。
――普段は無駄に敏感なくせに慣れ親しんだ空気には鈍いってことかしら。
ナマエで遊んでいる間もこちらに向けられる視線。ナマエみたいにあからさまじゃなく、時々様子をうかがうように。不安げに。当然と言うべきか、主はフィンネルだった。
「ナマエ、あなたは自惚れてもいいと思うわよ」
それだけ言って、席を立った。
私の名前を呼ぶナマエの声が途中で途切れる。やっと気づいたのね。
所在無げに距離を置いて立っていたフィンネルに手を振ってみると、ぎこちなく振り返される。
「――、」
「フィンネル、交代しましょ」
律儀なのか驚きのためなのか、堪える気配の代わりに彼女の名を呼んだ。
◆◆◆
「……緩みきってるわね」
「そ、かな…」
呆れ混じりに呟くティリアに、ぼくは片手で自分の口元を押さえた。
すると、彼女は大きな溜息をついてぼくから目を逸らした。
「それで、これは?」
「約束したからね。あと機嫌がいいから少しサービス」
テーブルの上には山盛りのあげぱん。
ティリアはごっこ遊び(2回目のやつ)について自分がしたいだけだと言っていたけど、ぼくはすっごく感謝してる。結果的にやっぱりティリアを利用したことになっちゃうのかなって罪悪感がないわけじゃないけど、この貢物でなんとかご破算にしてほしい。
あのあと、フィンネルはまず何をしてたのかを聞いてきた。
どの辺から説明したものか迷ってたら1回目のごっこ遊び辺りから気にしてくれていたらしい。フィンネルから“気になる、聞きたい”が伝わってくるのも可愛いかったし、嬉しくて抱き締めてたくなったのは仕方ないことだと思う。必死で我慢したぼくは偉い。
…と、フィンネルとのやり取りを噛み締めている途中で、注がれる視線が気になって思考を留める。
「……なにか気になる?」
「え?」
「そう見つめられると恥ずかしいっていうか…」
ぼくが問いかけるとティリアは初めて気づいたように目をパチパチさせた。
それから柔らかく微笑んで「そうね」と前置いた。
「そうやって照れるナマエは可愛いと思うわ」
「…そんな話してなかったよね?」
ティリアの思考回路はたまに不思議だ。
いや、とにかく可愛いといわれても嬉しくない。ティリアの場合それにからかいが混じってるのがわかるから余計いただけない。
「押しに弱いんでしょ?」
「…不意打ちに弱いだけだよ」
「………………上手い言い訳ね」
「い、言い訳じゃないって!ぼくだってその気になれば」
「別に悪いことじゃないと思うし、ナマエはそのままでいいと思うわ」
恥ずかしいことを言われている気分になるのはなんでだろう。
思わずティリアから顔を背けると、クス、と軽く笑われた。
「…ティリア」
「なに?」
「ぼくで遊ぶのやめてくれないかな」
「心外だわ。私はあなたと話すのが好きなだけなのに」
「そりゃぼくも好きだけどさ…」
「ならいいじゃない」
それはなんか違うんじゃないかな、と反論しようとしたところでティリアはお茶が欲しいと言い出した。
…うん、そりゃ、あげぱんだけ黙々と食べ続けるのは辛いよね。
「…わかった、淹れて来る」
「ええ、のんびり待ってるわ」
どういう意図なのか測りかねて返答に詰まる。
わざわざ言ったのは遅くなっても構わないということだろうか。フィンネルに会いたいと思ってるぼくの心情を見透かしたうえで“禁・フィンネル”があと一日残っている(つまり見つめるしかできない)ぼくへの罠なんじゃないかと邪推してしまう。
優しく微笑むティリアに背中を押され、とりあえずお茶を汲みにいくことにした。
閉まった扉のその向こうで、ティリアが楽しそうに笑っていたのには気づくことができなかった。
アルトネリコ 短編
8743文字 / 2010.03.17up
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