カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 06


――この恨み、晴らさずにはおかねだぞぉぉおお!!



捨て台詞を残して去ったクラスタニア軍を見送り、一行は大きく息を吐き出した。
堕天峰へ行く前に安全になった――魔物を無視すればだが――場所で少し休憩しようということになり各々自由に散らばった。

ナマエはゲンガイに近づいて、この場にいる理由を尋ねてみた。
視線を受けて頷いたゲンガイは、トコシヱと上帝門の事情を知ってナマエ達を追って来たのだと言った。


「追いついたと思ったらお前ぇが空を飛んでやがるもんだから、こっちはえらく驚いた」
「…あ、れは久々に人との実戦だったから…腕が鈍ってただけだよ」
「そうかそうか!」
「ちょっ、信じてない!」
「信じてるに決まってんだろ!」


ナマエは豪快に笑うゲンガイにわしわしと乱暴に頭を撫でられた。
それに憮然とした表情を見せるものの、心底嫌がっているわけではない。
くしゃくしゃにされた髪をそのままにして、ゲンガイにつられて苦笑した。


「だから俺は日頃から鍛錬しとけって言ったじゃねぇか。その辺はナマエの落ち度だな」
「…うん」


素直に頷いたナマエの頭をもう一度撫で、ゲンガイはタツミの方へ向かう。入れ替わりで近づいてきた五条と目が合い、先ほど全力で蹴りつけたことを思い出した。


「先生、ごめん!大丈夫!?」
「…それには僕も同じ問いを返したいな。それと、ありがとう。あの場ではナマエの判断が正しかったと思うよ」
「先生…ぼく蹴り叩きこんでお礼言われるのなんて初めてだよ」
「僕もだ。でもおかげで助かったわけだしね。それで、大丈夫かい?僕は人間の診察は専門外なんだから無理は禁物だよ」
「サキのおかげでピンピンしてる」


顔を見合わせて笑った二人は、どちらからともなく互いの手のひらを打ち合わせた。


「てか、ぼくよりサキを看てやってよ。飛空挺で不時着するし襲撃されるし、女の子にはキツすぎる」
「そうだね。簡略式になるけれど……サキは?」


五条の問いには首を動かし、サキの方を向くことで答えた。
彼女はアオトとの再会を喜んでいるらしく、身振り手振りを交えて楽しそうに話している最中だ。


「…少し準備をしてくるよ」
「ははっ、それがいいかもね。…………さて、」


――フィンネルはどこだろう。
五条を見送ったナマエはあたりを見回す。

彼女たちを連れてきたのは自分だ、と告げた本人はいつの間にか行方を眩ましていて話にならない――いてもナマエが好んで近づくことはなかっただろうが――ゲンガイ曰く情報収集らしいが、ナマエにしてみたら上司に無言で行動するなんてありえないことだ。


(…そういう姿勢の違いもカンに障るのかも)


ルーファンに対する苛立ちについて分析しながら、ナマエは膝を抱えて座り込んでいるフィンネルに近寄った。





ナマエはフィンネルの前にしゃがみ顔を覗き込む。
気づいて見返してくるフィンネルは少し顔色が悪いように見えた。


「フィンネル、ちょっとごめん…」
「へ!?」


フィンネルの前髪を軽く上げ、額に手をやる。
驚いて目を見張る彼女ははくはくと空気を噛んで硬直していた。


「んー…熱はないみたいだけど…疲れた?」
ナマエナマエ、」
「ん?」
「平気!平気だから!」


フィンネルは勢いよく言うものの、ナマエは常とは違う彼女の様子が気になって仕方なかった。
元気で明るい『よっこら』の看板娘は自分の知る限り、こうして独り蹲っているのは珍しい。
一瞬誘導尋問でも仕掛けようかと考えたけれど、そうまでして強引に聞き出して自分はどうしたいのか。


ナマエ?」
「……いや、平気ならいいんだ。フィンネルがトコシヱから出るなんて珍しいね」


自身に結論が出なかったナマエは話を変えるために話題をふった。


「アオトとタツミが堕天峰へ行くっていうから、護衛として…」
「フィンネルが?護衛?」
「あ、あたしだってレーヴァテイルなんだから、少しくらいは役に立つよ!」


ナマエは勢いこむフィンネルに軽く笑って、彼女の隣に座り込んだ。


「知ってるよ。さっきも頑張ってたの見てたし。結構強くてびっくりした」
「それは…たぶん、…イブ…た…から…」
「え?」


小さくなっていく語尾が聞き取れなくて隣を見ると、俯いたフィンネルが真っ赤になって膝を抱え込んでいた。
様子の変化がいきなりすぎてついていけないナマエは、再度聞いてもいい内容なのか迷う。
フィンネルはチラとナマエを見て、「ダイブしたことある?」と聞いてきた。


「…………ぼく?」
「うん、ある?」
「……話には聞いてるけど、まだ…ないな。パートナーもいなかったし…」
「パートナー?」
「あ、ごめん、こっちの話。ダイブって危険を伴うから相互理解と信頼関係がないとできないんでしょ?大切な人とやるものだって」


“危険”を体験したことはないが、こちらへ来る前に居た場所ではダイブ後ぐったりした様子を見せていた友人を知っている。
彼は「話せない」の一点張りで何があったのかは教えてもらえなかったけれど、その様子だけで相当大変なんだということはわかった。


「そうだよ!!」


彼は元気にしているだろうかと考えた直後、ナマエはフィンネルの強い語調に驚いて数回瞬いた。
どうしたの、と問う間もなく、アオトは全然わかってない、どうしてあたしが、確かにちょっと強くなれたけど等々文句がフィンネルの口から飛び出してくる。

――なるほど。


「アオトとしたんだ?」
「っ、」


かあ、と顔を赤くして、フィンネルは今にも泣きそうだ。
それに驚いたナマエだが僅かに目を見開いただけで、内心オロオロしながらとりあえず彼女の頭をなでてみた。

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