カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 02


「――こんにちは、クラスタニア軍の皆さん」
<な…ッ、なんだ貴様は!!>


日常挨拶と言っても差しつかえない明るい声にギョッとしたのは五条だけではないらしい。
スピーカーからの声はもちろん、サキもつっかえながら彼の名を呼び、見るからに動揺している。
そんな彼女に手を振って、ナマエはにっこりと微笑んだ。


「この飛空挺とサキはぼくがもらっていきます。あ、上帝門まで来てないとか言うのは無しで。会話記録残ってるからね」
<貴様、何者だ!>
「…何者って聞かれても人間ですとしか答えられないけど…なんにせよ、サキを無事に返して欲しかったらクレンジングを中止するんだね」
<ふざけ――>


ブツッと一方的に通信を切ったナマエは、問いかけてくる五条やサキを無視して操縦盤を弄り始めた。サキを人質にすると宣言したものの、クラスタニアの軍艦が出てきたらいくらなんでも守りきれない。


「…こういうのは大体、この辺を、こう…」
「まさか、ナマエ…」
「二人ともちゃんと座って!…落ちたらごめんね?」


付け足すように小さく言って、ナマエは堕天峰へ向かって舵を切った。






「だ、だ、だ、だいじょうぶですかっ!?」
「なんとかなる!ぼく土壇場には強いほう!」
「理由になってないよナマエ!!」


危なっかしい舵きりに身を任せるしかない二人は不安を煽られながら運転席にしがみついていた。
ちなみに元々の操縦者は助手席のドアに手錠――サキに使用されていたもの――で固定されている。


「ああもう、ぼくの計画では上帝門での引き渡し場面で颯爽とサキを連れ去るはずだったのに」
「……入航拒否とはね」
「ほんとにね…やっぱりトコシヱをクレンジングするってのは決定事項だったってことだ」


苛立ちを押さえ込むようにナマエが平坦な声で言う。
と、そこにけたたましく警報が鳴った。

思わず舌打ちした直後、衝撃を受けて機体が大きく揺れる。


「きゃあ!」
「――ったく、民間人相手に容赦なし?……って、あれ、ちょ、うそ!?」
「…ナマエ?」


ナマエは常にないほど青ざめながら素早くコンソールを叩く。
つられるように息を呑んだサキは祈るように両手を組んだ。


「………………、くそっ!」


バン!と強く制御盤を叩き悪態をつくと、五条とサキを交互に見て「落ちる」と静かに言った。


「落ちる?」
「舵が利かないんだ。たぶんさっきの攻撃でやられたんだと思う」


そう言って、ナマエは気絶している本来の操縦士を起こした。
時間がないながらも、パニックになる男をなんとか宥めて不時着できるよう説得する。
操縦士の話では堕天峰へ続く『堕天の道』辺りに着陸できそうとのことだ。


「…前よりはマシな状態でいられるかな」


クラスタニアの襲撃で不時着するのが二度目のナマエはボソリと独りごちた。



◆◆◆



「…信じられない」


ボロボロの飛空挺から降りたナマエは感慨深くそう漏らした。
操縦士の機転とサキの詩魔法の補助で、不時着しながらも擦り傷程度ですんだ。その擦り傷も五条の所持していた薬で治りかけている。
一足先に外へ出ていたナマエは、目の前を見据えながらもう一度「信じられない」と呟いた。

二度目の言葉はすぐ傍に着陸しているクラスタニアの軍艦に向けられた。
その軍艦の前に、一個小隊…よりは少ないだろうか、十数人のクラスタニア兵がずらりと並んでいる。


「ようやくお出ましか!さあ、おとなしくサキをこっちに渡してもらうよ」


ナマエはズイ、と一歩前に出た大柄な兵士を見て固まった。
後ろで「サポートはお任せください隊長」「ミュート様、無茶だけは」等々飛び交っていることから、クラスタニア兵…レーヴァテイル…女性であることは間違いないようだ。

連想ゲームのように目まぐるしく切り替わる情報に混乱しながら、ナマエは彼女を観察した。
随分と大きい女性だ。一歩を踏み出すごとにズシンと音がしそうだし肉体的にも強そうだ。通常レーヴァテイルというものは詩が攻撃手段で武器を持って戦ったりはしない。せいぜいが護身術程度だ。少なくともナマエの世界ではそうだった。

だが彼女は――見るからに実戦派だ。

ハハ、と乾いた笑いをこぼすナマエに巨漢なレーヴァテイルが不審そうに眉を潜めた。


「…何がおかしい?」
「あー…失礼。予想外の出来事に遭遇するとヒトって思わず笑うよね」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」
「…………あのさ、君もうちょっと丁寧な話し方したほうが」
「うるせぇんだよ!さっさとサキをこっちに渡しな!」
「断るって言ったら?」
「決まってんだろ!お前をぶっ飛ばして連れて行くよ!」


ジリッと音がしそうなほどにらみ合う。
いつから始まっていたのか、後衛から微かに詩が聞こえた。

舌打って“隊長”と呼ばれていた彼女に背を向けた瞬間、彼女がこちらに突進してくるのがわかった。


「サキ!先生!!」


大声で呼んで二人を飛空挺から離す。操縦士の男を引きずりだすように避難させた直後、“隊長”の一撃で飛空挺が崖の下に沈んでいった。

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