PHASE.1 トコシヱ 08
フィンネルは大事な友達で敵だなんて考えられない、考えたくない――そう思うこと事態が既にクラスタニアとフィンネルを結び付けている。
(確かな証拠もないのに…)
無意識のうちに、ナマエは大きく溜息をついていた。
いつの間に裏路地を通り抜けたのか、気づけば診療所の扉の前だった。
ドアの取っ手に手をかけようとしたところで扉――曇りガラス――の向こうに人影を確認し一歩身を引く。
「先生、約束な!」
「ちょ、ちゃんと前見なって!」
大きく開いた扉の取っ手を握っているのはタツミと一緒にいた少年だ。
アオト、という名だっただろうか。
それにタツミの声が重なったかと思うと彼は目の前に飛び出してきた。
「――っと、悪ぃ、ぶつかってないか?」
慌てた様子を見せる少年に苦笑して、大丈夫だと返す。
「どこか行くの?」
「ああ、先生の手伝いで…調合?だっけ?」
「…そうだよ……ナマエ、あとで時間もらえるかな、話があるんだ」
「もちろん。ぼくもタツミに話したいことあるから丁度いい」
彼らの後ろからはピンク色のスモックを着た少女が出てきて、にこにこしながら「いってきます」と挨拶をしてくれた。
あの子はレーヴァテイルだっけ。
定食屋で挨拶をしてもらったときの記憶を掘り起こす――やっぱり何か引っ掛かっている。
3人を見送ってモヤモヤしながら診療所の扉をくぐると五条の笑い声が聞こえた。
「おかえりナマエ。フィンネルと何かあったのかな?」
「――ただいま、先生」
当たり前のように“おかえり”を言われるとなんだかくすぐったい気分になる。
さっきまでごちゃごちゃ考え事をしていたからだろうか。
「何かってなに?ぼく変な顔してる?」
「そうだね…君が思考に耽っているときの顔だ」
「……ぼくこれでもポーカーフェイスは得意なんだけど」
「それは嬉しいね」
「…………先生、意味わかんないよ」
ナマエが言うことこそわからない、と言いたげな表情で五条は微笑みナマエに椅子をすすめた。
「表情に出るということは僕の前では取り繕っていないということだ。気を許してくれている、と僕は解釈しているよ?」
「……」
「ナマエ?」
「先生ってさ、時々素で恥ずかしいよね」
「随分な言い草だ…というか、ナマエに言われたくないなぁ」
五条が苦笑しながら研究資料を漁りだしたのを見て、ナマエはなにか手伝うことはあるかと質問した。
「うん、タツミに渡してるサイレンサーなんだけどね――」
「ああああああああ!!?」
ナマエは自分の中にわだかまっていた違和感の正体に気づいて思わず大声を上げた。
自分で自分の大声に驚いて口を塞ぎ、忙しなく視線を泳がせる。
なにごとだい、と伺ってくる五条の声は届いていない。
(そうだ、どうして気づかなかったんだ…)
タツミは少年・・だ。
正体を――レーヴァテイルであることを知っているのは極少数で、もちろんフィンネルは含まれない。
それを察知されないように細心の注意を払っているはずで、処置もしているしナマエもそれを気にかけていたのに。
いつからかそれが当たり前すぎて、意識しなくなっていた。
フィンネルに告げた情報は無意識にセーブしていたようだ。
「ああもう……ぼくは馬鹿か……」
五条は頭を抱えるナマエを心配そうに見やるも、こうなったナマエは自分の世界から帰ってくるまで放置するしかない。タツミから補充を頼まれたアイテム――レーヴァサイレンサー用のレシピを探すため、研究資料をひっくり返す作業を再開した。
星巡り-STARGAZER-
1507文字 / 2010.03.08up
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