カラクリピエロ

PHASE.1 トコシヱ 02


空腹を訴えるナマエと同じく、当然周囲も仕事終了後の夕飯時。
トコシヱの名所として親しまれる――これは店を切り盛りする女将の自称であるが――定食屋『よっこら』も例外ではなく、大勢の客でごったがえしていた。


「こんばんは、ルーおばさん」


混み合う店内を気にすることなく女店主に挨拶を済ませたナマエは、定位置と化している席にすべりこんだ。
着席するとすぐに注文をとりにきてくれる主に笑顔を向ける。


「今日はいつもより繁盛してるみたいだね。何かあったの?」
「さっすがナマエちゃん、よくわかってるね!」


ルーおばさんは明るく朗らかに言うと、はい、とナマエに向かってエプロンを差し出した。


「……、どういうことかな」
「いやね、昨夜からどうもフィンネルが見あたらなくてさ、おばさんもすっごく困ってるんだよ。…わかるだろ?」
「――今日のご飯サービスしてくれる?」
「お安いごようさ!助かるよ!」


ホッとした顔を見せる彼女に微笑み返しながら、姿の見えないフィンネルのことを考えた。
この時間に彼女が居ないというのは珍しい。
しかもルーおばさんに黙ってだなんて、何かあったのだろうか。

そんなことをつらつら考えながらも客からの注文を聞き取り、食事を運び、客の入れ替えまでやってのける辺り、彼はそこそこ器用である。


「おっ、おねえちゃん新入りさんかい?」


注文されていた酒類を運ぶために指定テーブルへ行くと、そこで声をかけられた。
――既に相当酔っているらしい。
顔を赤くし、呂律の怪しい男性客はナマエの姿を正確に捉えられていないようだ。


「残念だね、お客さん。ぼくは今日限りのウェイターなんだ」


若干“ウェイター”部分を強調して言うものの、酔っ払いは構わずおねえちゃん、と呼び続ける。
女顔なのは自覚しているが勘違いされて喜ぶ趣味はない。

自分はフィンネルの代理で彼は客だ。

ナマエは心中で言い聞かせながら懸命に耐えていた。
貼り付けたような笑顔に温かみは全く感じられないが、酔っている相手にはわからないらしい。
調子付いた相手に手を握られたナマエは、とうとう我慢の限界を超えた。


「――お客さん、ここはそういう店じゃないよ。…わかるよね?」


抜刀された小刀が男性客の手を掠め、テーブルに突き刺さっている。
音もなく実行されたそれはナマエの言動も含め、周囲の喧騒にまぎれて誰にも気づかれた様子はない。
しかし対象者への効果は抜群だったようだ。
酔いが冷めたのか、青ざめた客が無言で首を縦に振った。


「うん、わかってくれればいいんだ。なんならぼくがイイ店紹介するよ?」


ナマエがことさら優しく言って場を離れると、呆然と立ち尽くしてこちらを見ている少女と目が合った。
ここ、『よっこら』の看板娘――先ほどまで行方不明だったフィンネルだった。

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